アグレッシュおおいた

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『おやこうこう』
豊後大野市
麻生竜誠
麻生竜誠

 船を下りるとそこは一面銀世界。
 忘れもしない平成26年2月14日、まさかこんな景色の大分を眺めることになるとは想像もしていませんでした。

 その年、私は豊後大野市の就農学校インキュベーションファームベーションファームで研修2年目を迎え、これから始まる模擬経営に胸を膨らませていました。

 インキュベーションファームベーションファームは豊後大野市が主催する就農希望者への育成・支援事業です。研修は2年間。1年目は技術・知識・経営などを学び、2年目は実際に栽培と出荷を自ら行う模擬経営をします。
 農業経験がなくても2年間の研修後は、そのまま就農できるシステムになっており、ここに来るほとんどの方が農業未経験者で、私もその中の一人でした。

 大分市内で生まれ育った私は専門学校卒業後、ベンチャーの広告代理店に就職しました。その会社の社長は20代で起業し、瞬く間に事業を軌道に乗せ、急成長していきました。私は社長に憧れ、『いつかは独立し、起業したい』と強く思うようになりました。
 しかし、そうした急激な成長は働く側に大きなひずみを生みます。月200時間以上の残業は当たり前、休日も滅多になく、1週間会社に泊まり込んだこともあります。会社で12時間以上パソコンと向き合い、家には寝に帰るだけの毎日が7年間続きました。
 そんな生活に限界を迎えていた私は『もっと人間らしく生きていきたい』と思うようになり、思い切って会社を辞めました。

 退社後、私は車の解体工に転職し、そんな中、妻と出会い、一緒に暮らし始めました。 当時、彼女は健康食と農業に興味を持っており、私も会社の同僚と数人で家庭菜園をしていました。 その時はただの趣味でしたが、自分達で汗を流して作る野菜は格別に美味しかったことを思い出します。

 人生の分岐点は妻との出会いだったと思います。ある日、『いつかは独立したい』という思いを話すと、『独立したいなら今だと思う。独立するなら一緒に農業しようよ!!』と返ってきました。 当時、妻は新規就農者を支援する制度を調べており、動くなら今と背中を押してくれました。
 二人で県内数市に相談に行きました。その中で、いち早くインキュベーションファームベーションファームを立ち上げていた豊後大野市に、他にはない魅力を感じました。  ここなら安心して就農できると思い、すぐに申し込み、インキュベーションファームの2期生に選んでいただきました。
私たち夫婦の新しい生活と農業人生のスタートです。

 インキュベーションファームの1年目を順調に終えて、2年目の模擬経営が始まります。ピーマンハウスの支柱を建て、1月末にはハウスのビニールを張り終えました。
その年の2月13日・14日、私と妻は研修生と関係者総勢30名で高知県へ研修に行きました。

 初日、船で愛媛に渡り、バス移動中に携帯をチェックしていると雪が降り始めたとのこと。バスの中がざわつきます。夕方ホテルにつき、だいぶ積り始めたと大分からの連絡。最悪の事態がみんなの頭によぎりました。
 また、別の連絡が入りました。大分に残っているインキュベーションファームの先生と仲間たちが手分けして、研修参加者のハウスの雪下ろしをしているというのです。雪は夜も続き、作業は夜を徹して行われたそうです。
 二日目の研修を終えて、大分に到着し船を下りるとそこは一面銀世界、ひざ上の高さまで雪が積もっていました。

 船着き場からの道中は大渋滞で、ようやく豊後大野に戻り、ハウスを見に行くと、そこにはみんなが徹夜で守ってくれたビニールハウスが凛と立っていました。私と妻は畑の真ん中で我慢できずに涙しました。

 翌日、先生にお礼を伝えた時の、先生の言葉が今でも私の胸に深く刻み込まれています。
『わしに恩返しはせんでいいけん、次の世代に返しなあ』この先生はまさに人生の恩師です。

 1年後インキュベーションファームを卒業し、就農した地域で二人目の恩師と出会いました。大野町の先輩農家の方です。見ず知らずの私たち夫婦を非常に可愛がって頂き、農地の斡旋、技術指導、農業の心得や経営の話もしてくれます。
 その方からつい最近、インキュベーションファームの恩師と同じようなことを言われました。
『恩返しなんかいらん、お前が受けた恩は次の世代に返せ、そして俺を超えてみせろ、それが親孝行だ』
恩師二人から言われた『受けた恩を次世代に返す』という言葉が、私の農業者としての根幹になっています。

 豊後大野に来てから、たくさんの先輩農家に出会い、培ってきた技術や経験を惜しみなく教えて頂き、『みんなで一緒に農業で儲けよう!!』と声をかけてくれます。そうした先輩方みんなが、この地で巡り合えた『親』だと思っています。
 また、若手農業者の仲間で、お互いに人手がいる仕事を助け合う『手間返し』のコミュニティーを作っています。それはまさに、互いに助け合い、励まし合い、競い合う『兄弟』だと思います。
 私はすばらしい『親兄弟』に恵まれた幸せ者です。農業をやってよかった!!独立のきっかけを作ってくれた、妻に深く感謝しています。
 そして、いつかは『親』を超える農業者となり、次世代に惜しみなく技術や経験を伝えて、『親孝行』を果たしたいと思います。
 同じ地域で就農した人に対し、これまで地域が守り、培ってきた技術や経験を無償で分け与える『親孝行の精神』こそ、これからの農村と農業を過疎や荒廃から守り、発展させていくカギになると私は信じています。
 豊後大野の農業者として、これからも『親孝行』を胸に精一杯農業に励みたいと思います。