アグレッシュおおいた

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恩返しをできるようにしたい
豊後大野市大野町
杉谷真

杉谷真

 

早いもので大分(豊後大野)へ来て、5年目になりました。

  ピーマン農業研修を2年間経て今年で就農3年目になります。 結婚生活も5年目、今では仕事、生活のバランスを取れるようになれたか、繁忙期でも月に一度は、市街へ外食に出かけるようになりました。

これまでを振り返り

・農業研修の2年間は私たちにとても良い準備期間となりました。
 大分へ来るタイミングで退職し、結婚、初めての二人暮らし。人生の中での大きな変化点が一度に来ます。前職で妻とは一時期、仕事を合わせた事があったので、お互いの考え方などはわかっているつもりでした。ところが農作業はもちろん、家でも常に同じ時間を過ごす中で、はじめて見えてくるお互いの姿、考え方の違いが見えてきて驚きの連続でした。この2年間は考え方のすり合わせが出来た時間でもありました。 研修カリキュラムは、1年目に栽培技術、里親研修、病害虫、簿記等の座学、2年目には模擬経営と就農に向けた農地、住居探し。また研修期間中には様々な気象災害を経験し、数十年に一度の大雪。大分はこんなに雪が降るのか・・ではなく、ハウスを守るための雪下ろしを行い、台風直撃の際にはビニールの除去。長雨に高温など、改めて農業とは気象状況に左右されるのだと感じることが出来ました。 研修期間は就農へ向けての準備(栽培技術、圃場、設備等)はもちろんのこと、私たち夫婦が就農する為の心の準備もできた2年間だと思っています。
・大分県と実家(三重県)の距離
 大分(豊後大野市)へ来たのは、新農業人フェアがきっかけです。研修制度や受け入れ態勢が整っていると思い、短期研修を春夏と2回参加しました。2回とも車を使い陸路で来ました。大分までは半日ほど移動に時間がかかりましたが、その時はあまり距離と時間の事は気にしていませんでした。 研修2年目の卒業前のことでした、母親に病気があることが分かり急遽実家に一週間程度戻ることになります。その時に検査入院をしましたが、余命を伝えられるまでになっており、その後入院をすることに。今後の方針とこれからの段取りを決める事になりました。 この時に初めて距離と時間に考えさせられることになります。転勤族の方などはこれが当たり前のことだと思いますが、私は地元を出るのは初めてで、今までは家族になにかあれば直ぐにでも対応できていました。両親もそれなりの年齢になっていましたが、病気や介護などの事はまだずいぶん先の話だと思っていました。将来的には大分に来てもらい一緒に暮らせれば安心だと考えていましたが、まさか数年でこの状況になるとは思ってもいません。 実家に戻った際には病院やホスピス、役所関係への手続きなどを行い、大分に帰ってからも必要なものを宅配便で、ホスピスなどに送ったりしていました。その中で研修圃場の片付け、就農圃場の準備、次の住居への引越しなど、大変忙しかったのを思い出します。就農準備にはハウスの建込み等、里親先生や研修施設の皆さんのご協力もあり、なんとかピーマンの定植準備を整えることができました。 母親が亡くなったのは、3月の定植1週間前のことでした。亡くなる数日前にも実家へ戻っており、温度管理があるから今度来れるのは5月位になるかなと話していました。容態がいつどうなるか分からない状況の中で初めての定植を目の前に不安でしたが今になって思うと、このタイミングだったのは「こっちの心配はしなくていいから、農業に専念しなよ」と言っていた、母親の気遣いだったのかもしれません。法事や片付けを済ませ、大分に戻ったのが苗配布の前日、定植作業も応援いただき無事にスタートを切ることができました。

研修制度を通して

 研修制度を通して良かったところは技術面などはもちろんのこと、たくさんの人と出会えたことです。研修先の指導員、里親先生、研修生の先輩や後輩のみなさん、また関係機関の方々。身寄りのない所へ来て、目標や不安を共有し、すぐにでも相談ができる環境は私たちにはとても助かりました。大分へ一緒に来てくれた妻の環境(孤独にならないか)も心配でしたが、研修生の先輩後輩の奥さん達と女子会として食事や買い物に誘っていただいたりして、いい気分転換になっているようで安心しました。 そして上記に書いたように、突然の家族の病気や不幸ごとが起きた際に、里親先生や研修施設のみなさんが、「手伝えることがあればいつでも言って」と言ってくださって、本当に心強かったです。ある講習会で県外から新規就農された方が言われていたのを思い出しましたが、「農業を営むうえでどうしても諦めざるをえない場面が出てくる」と。会社員時代だとできていたことが、植物主体の生活(生育/温度管理、経営状況等で離れれない)になるとできない事がある。まさしくこの状況だと思いました。もし研修制度を利用せず、単身で来ていた場合であれば、どこにも頼るところがなく、目の前の農業か家族の病気かどちらを優先すべきかと途方に暮れていたことでしょう。頼ることができるみなさんがいてくださったからこそ、必要なときに動くことができ、後悔なく母親を送り出すことができたと思っています。 今後、農業を営むうえで様々な状況が起きるかもしれません、今回は私たち夫婦がみなさんに助けて頂きましたが、今度は私たちが恩返しをできるようにしたいです。