アグレッシュおおいた

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「オレの大分県生活」
久葉晋作

地域への溶け込みは、方言から

      
【 】内に標準語表記
『はまりごしがいいなっ!!』で大分県生活が始まった…。それより少し前にぶどう園に訪ねてきたおじさんに『わが…はまっちょんのー!!』って言われていた…。
(わが!?輪が!?はまっている!?どこに!?嵌ってねえよ…どこにも!!)
大分に来て、方言との出会いが最初のカルチャーショックだった。
しばらくしてから『わが』は『君は』だとわかる。どうも年下にしか使えないらしい…次は『はまっちょん』だ…。前後の会話なく、いきなりだったしなぁ…相手は笑顔だし…そう思いながら適当に愛想笑いでごまかす。 後日それは『頑張っているな。』だと意味を知る…。
つまり…作業用のベルトにいろいろと道具をつけていたので…『はまりごしがいい』となる訳だ…。
標準語であてはめると…卑猥な表現にも想像できるから不思議だ(笑)
そう言えば、この当たりの人々には『こんにちは』とか『こんばんは』がない…。
もっぱら『あちぃたな』【暑いですねぇ】『さみぃたな』【寒いですねぇ】(後日、『たな』を使うのは安心院、院内方面に限ると知るが…)雨降りは『よぅ降ります』【よく降りますねぇ】そして『おるかえ』【ご在宅ですかね】で玄関を入ってくる…。
こんなこともあった…地区の運動会のリレーに駆り出されて、走り終わったら… 『あんた、とぶのはぇーなぁ』【貴方は走るのが速いですねぇ】ときた…(とぶ!?オレは飛んでねぇし…) あと…場所を訪ねても『○○さんがたん田を曲がってな…△△さんがたん田んねきに見ゆる家がそうじゃ。』【○○さんの所有する田を曲がって、△△さんの所有する田のそばに見える家がそうです。】ってワカンねぇ~よ!! 「田圃はどれも同じじゃん…」なんて思ったよ!!
それから気になったのが…言葉がすぐに出て来ないときの『あ~ん…』だ…。 『え~と』とか『あの~』に慣れてるよそ者には不思議だね…。
大分弁は不思議なのも多い…『さじぃ』【すばしっこい 転じて意地悪い人を指すこともある】『うたっちぃ』【汚い】『ひちくじい』【しつこい】『みのけねぇで』【いやらしい (例)「あんおいさんはみのけねぇ話ばかりっちゃ?」】なんかは原型とどめてないもん…。 標準語とは違う意味の使い方もある…
例えば、『よかろう』は標準語では「そこまですればよかろう」というような使い方をするのだが、このあたりでは『もうしなくてもいいでしょ』を『よかろうがえ』と言う。 また、『せっかく』は標準語では「せっかくおいでいただいたのに」というような使い方なのだが、このあたりでは『わざわざすいません』を『せっかくすいません』と言う…。
笑っちゃったのは…『がっきゃー』【野郎!!】とか『ぎゅうらしい』【大げさな】『ぐらぐらする』【腹立たしい】『ちちまわす』(乳回す!?)【叩きまわす】『さびくりおつる』【ころげ落ちる】『どーくんなぇ』【ふざけないで下さい】『はんごうわりぃ』【ばつが悪い】『ふうねぇ』【怖い】など限りない。
とはいっても、生活に必要な言葉は大切だ…『きびる』【紐などでくくる】『やぜねぇ』【忙しい】『やおねぇ』【物事をすることが困難だ】『おろいい』【質が悪い】など基本的に憶えないと困る言葉もある…。
一方、愛すべき大分弁もたくさんある…『一寸ずり』【渋滞をしている表現】や『ええーらしい』【かわいらしい】『げってん』【変わりもん、頑固もん、偏屈もん】なんかは好きだな…。 「ちょっと居眠りをしていた。」は『つるっとしちょった。』とかだし、「横になる。」ことを『なごうなる。』って言う… まだまだあって、『こびる(小昼)』【おやつ】って素敵な言葉だと思いません!? 地域によっては『こぶり』や『こびり』ともいう。
珍しくスーツなんか着ると『なんな、今日は県庁行きかえ』【あらまぁ、今日は県庁に行くのですか?】とか言うし…早とちりのような気の廻し方は、県民性出てるよね…。
以外な発見もあるよね…『泳ぐ』という表現でも、『ここの水はきれいやけ泳がるる。』【ここの水はきれいだから泳いでも構わない。】と『わしは、50mを泳ぎきる』【私は、50mを泳ぐことが可能だ。】って使い分けてるよね…標準語だと『泳げる』だけで区別が出来ないもの…
とにかく我々、新規就農者(この言い方もあまり好きじゃないんだど…)が、地域に溶け込むってのは容易なことではないけれど…キャラクターにもよるしね…
仕事からの帰り道『あんたがた、今夜はカレーで!!』【あなたの家では、今夜の夕食はカレーですよ】って…なんで人んちの晩御飯知ってんだってくらい…周りはこちらを見てるからね…まず、会う人会う人、誰でも彼でも挨拶することを勧めるね。
そして『よこうていかんかえ』【一寸休んでうちへよっていきませんか?】って言われたら…時間が許す限り、『いえいえお邪魔でしょうから』なんて言わずに上がりこんじゃうことだね…ただしその時、「まー食べよ」【遠慮しないで召し上がってよ。】と、お箸で漬物をつまんで差し出すので、迷わず手の平でうけとってね。(笑) 包装した飴でも箸でつまんで差し出すので驚かないように。「遠慮しないで下さい。」という心遣いなんだよね。 (都市部では、こんなことはありません。)
『あっ、この漬物おいしい!!』って褒めることも忘れずに…。
『きのどきいなぁ。』【お手数を掛けて申し訳ないですねぇ。】って言いながら大分弁を教えてもらえば『しょわねえ。』【心配しなくても大丈夫ですよ。】と返してくれる。
気持ちが分かるからって、近くの新規就農者や地区外の友達ばかりと付き合ってれば、きっと地域の人達は寂しんだと思う。
地域の人が気にかけてくれている例なんだけど、こんなことがあったよ。
オレは仕事のシーズンオフに演奏活動なんかしてるんだけど…ある日、朝早く出かけた翌日の話で…『あんたがた、きんにょお客がきちょったで・・・「ギター持って朝はよ出かけたき、おおかた演奏にでんいったんじゃろで…夜んならな帰らんじゃろで」…っち、ゆうといた。』【あなたの家に、昨日お客さんが来ていましたよ。・・・「ギター持って出かけていたから、たぶん演奏にでも行ったのでしょう。きっと、夜にならないと帰ってこないと思いますよ。」・・・と、言っておいてあげたよ。】 ってどこで見てたんだよ!!…
くれぐれも注目されていることを忘れずに…。
朝には誰もいなかったじゃんかよ~ってくらい…どこからともなく見られてるけど…なにもプレッシャーなんて感じる必要はないと思う…
自分が目指すことに「さかしく【元気に】やることが地域に恩返ししてるんだ。」くらいに思ってれば丁度いいかもしれない。

『販売戦略編』
誰もが考える新規就農者の壁

大分に来て13年になるが、もちろん先輩もたくさんいて、自分よりも先進的な考えを持っている人がたくさんいるってことを前提にしての話なんだが…。
一般的に(現在もほとんどそうだろう)農家とは世襲制がほとんどで、基本的に良品生産指向で完結だ。
つまり僕のようにぶどう生産者なら、畑についた足跡の数だけ良いぶどうが出来て、毎年より良いぶどうを生産し質、量の向上を図る。それを市場経済、市場流通にのせて対価報酬をえる。
数年間はそれでもいいし、必要なことかも知れない。では我々、異業種からの参入組はどうだろう…。
少なからず『社会の歯車』ではなく(結局、地域社会や仕事関係者に支えられて生きることには変わりないのだが…)自分の力でなにかしてみたい…なにか出来るのではないかと農業に参入してくるのであって…
あるいはだだ『田舎暮らしがしてみたい』と参入する人もいるかな…
でも大抵、後者は挫折する。農業だってごたぶんにもれず厳しいからだ。
異業種から参入してきた我々は師匠を見つけ、書物を読みあさり、時には研修会に出掛け、生産技術向上を目指す。

まわりと同じようなことをしていたらいつまでも先輩には追いつけないどころか…人より良いものを作るなんて有り得ないからだ。
肥料、土作り、樹相診断、病害虫、せんてい技術などからはじまり…土木、ハウス、ぶどう棚など建築、気象、機械、工具など『百姓』とはよく言ったものだ。
そうやって考えたりこだわったりして、自分なりに満足したものが出来たとしても、そのままの評価が得られるとは限らない。サラリーマンなどから転職した者からしたら…『なんだ結局、努力しただけでは報われない会社員時代と変わりない』と思いはじめる。
『3本柱の重要性』
そこで我々異業種からの農業参入組は考えるようになる。
これは自然の流れで私が変わっているのではないように思う。
入植して10年以上経過した人達で話し合うことがあった。共通していたのが『就農して3年目にひとやまあり、7~8年でふたやまあり、10年目の山を越えたら安定するよね』
理由を述べると長くなるが、面白いことに共通している。
結論からいうと『生産技術』『経営』『マーケティング』の3本柱はこれからの農業に欠かせない要素になるはずだ。
つまり、良品生産で完結。あとは市場任せでは、システムが維持しきれないし、マーケットサイズの拡大も有り得ない。
農協は『今年は寒くて日照時間が少なく安値になった』と言った翌年には『今年は暑くて降雨量が少なく安値になった』という。きっと来年は『地球温暖化』を理由にするだろう(笑)
ここで私の例を紹介しよう。
(けして成功例ではないので参考にはしないほうがいい…(笑)
3年目からは前年に友人中心に実験販売していた直販、通販を中心にしようと考えていた。マーケティングが必要だったし…パッケージや輸送方法などのマーチャンダイジングも必要だ。当時、安心院(大分県宇佐市)での直販の売れ方というのは『都会に出た子供達に故郷の味を届ける』というのが中心だった。後は『ぶどう狩り』だ…。
いずれにしてもほとんどが得意先を持っていて、買う側も毎年指定のぶどう園から買う。後発の我々はいかにも不利だし…マーケットサイズも年々縮小するだろうと考えられた。
しかし、親は大きな箱で送る。これは魅力的だった。都会で受け取る子供達は食べきれず、近所にお裾分けするだけだが、親の方は織り込み済だ…こちらと都会が繋がっているはオピニオンリーダーを中心とした個人向け需要だから…小さな箱しか売れない。あれこれ考えているうちにぶどうは『赤、白、黒』の3色あることに気づき…品種を増やしてみた。しかも期間中対応出来るように、各色、早生の品種から晩生の品種まで揃えた。何年か後には美味しい品種に絞る計画で40品種以上栽培してみた。
それはあるお客様に教えてもらったのがきっかけだった。『そんなにあるなら一房ずつすべて違う品種を詰め合わせてよ!!』
これで大きな箱が売れるようになった。ぶどうは『赤、白、黒』の違い以外にも、種のあるなし、丸いの、楕円形の、バナナのような形、皮ごと食べられるものなど…同じ赤でも朱色やピンク、ルビーのような透明感あふれるものまで多種多様で、一房ずつ詰め合わせると、それはそれは宝石箱のようで美しいことにも気がついた。
次はお客様が毎日一品種ずつ楽しむとき、最後の品種を食べ終わるまで鮮度を保てるかどうかを考えた。
必ず早朝に収穫しその日のうちに発送して翌日(地域によっては2日)には先方の食卓に上がるよう約束事にした。『こんなパリパリしたぶどうは食べたことがない』と言われた。しかしまだ工夫した。土作りはゼオライトよりもモンモリロナイトを使うと鮮度が倍くらい保てることがわかり貝化石を多用した…またハーブとしても知られる一年草のステビアを活用することによりぶどうの軸の緑色が収穫後、10日たっても変らくなった。『あなたのぶどうを食べたらもうスーパーマーケットのぶどうは食べられない』と言われた。
直販の醍醐味だ。それでも満足せず工夫を重ねた。
10年ほどたった時には口コミだけでぶどうのほうが足りなくなっていた。